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2006年7月のコラム
7/21 整理整頓の為に ネタにとっておいたブックマークを放出します。 http://www.globalrichlist.com/ このサイトに貴方の年収を入れる事で自分自身の裕福度が分かります。 世界の何%の順位にいるのでしょうか?人と比較する。 悪趣味ですか?どれほど恵まれた立場にいるか分かる事でしょう。 フィーリング(感性)の世界では、比較や変化によって満たされたり、悲しくなったりします。絶対値ではありません、周囲との比較によって感じるものです。 だからこそ、富める者に囲まれた生活をすると、そこから比較して自分自身は貧しいんだなとか思ってしまうわけですね。 (もっとも、その富める者なんてのも誰かと比較して富める者と言っているだけで、世界中がビルゲイツのような資産家で構成されていれば、その中で誰かは貧乏人、誰かは金持ちになるという事でしょう) 比較するって事は結構危険なように思います。どこまで行っても他者との比較というラットレースに巻き込まれますからね。 まとめ 今日言いたかったポイントは1つ ・フィーリングは比較や変化によって生じる。絶対値ではない。この感覚を上手くコントロールできれば幸せに近づく。
7/18 仕事を辞めるとどうなるのか?今日はその話題を書こうかと思います。 ある日の事、貴方はついに決心をして辞表を出す。もうこんな仕事とはオサラバだ! もしこんな場面が実際に本当に起こったとしたら、その後の人生はどうなるんでしょうね?私は色々な人と話すと想像以上に会社を辞める事に対して不安を抱えているという事に驚かされます。 そういう私も、薄給ながらなかなか仕事を辞められなかった口ですが・・・・・・ しかし、実際になんらかのキッカケで行動を起こす事があるかもしれません。株で財産を作った、親の遺産が手に入った。会社の上司と揉めて辞表を叩き付けた。会社が傾いた。きっかけは様々でしょう。 しかし、そのキッカケは運命の悪戯で不意に襲い掛かります。 それが現実に起こった時、まさに リアルに展開した時 なにが起こるのでしょうか?想像できますか? 朝目が覚めると、貴方はこう思う事でしょう。 「やばい、時間だ。会社にいかなければ!」 しかし、次の瞬間。それは条件反射でありその後の時間は全くの自由であると気がつくのです。 俺は自由だ!自由なんだ ![]() と思う事でしょう。笑いがこみ上げてきます。 充実感で満たされます。嬉しくて仕方がない事でしょう。そして今までの鬱憤を晴らすが如く、思う存分布団の中に入り眠る事でしょう。行きたい所に行けるようになります。 ラッシュアワーの混雑は遠い彼方。車を運転していると急ぐ必要のない自分に優越感を感じます、法定速度を守りゆったりと運転です。読みたかった本を読み漁り、漫画喫茶に行くようになります。旅行にも出かけます。旅先に驚きの一ヶ月滞在なんて普通です。毎日、毎日自由を噛み締めます。 俺は、自由だ。もう大変な思いなんてしなくていい!これからは好きな事ができるぞ!としばしば思い嬉しくなります。 しかし、数ヶ月〜2年くらいすると退屈で退屈で仕方がなくなります。 そうです。リタイア生活に華やかさはありません。ただ日々が過ぎ去っていきます。心にぽっかりと穴が開きます。人によっては耐え切れなくなります。孤独との戦いです。 会社というのは、コミニュティです。コミニュティを喪失した時、人は戸惑います。何故ならば価値観の喪失であるからです。 私は、会社というのは 宗教である と思っています。会社を辞めるという事は、脱会であり今まで築き上げてきた価値観を崩壊させるものです。そして無職、あるいはリタイアという新しい価値観、すなわち新しい宗教を手に入れることになるのです。 会社という宗教には、良い宗教もあれば悪い宗教もあるでしょう。しかし無職、あるいはリタイアという宗教には、良い悪いの手本を示してくれる人はほとんどいません。自分自身で作り上げるのです。 だれも貴方を導いてはくれないのです。だからこそ、宝くじで一攫千金を掴んだり、遺産相続で大金を掴んだ人の多くは不幸になります。精神の不安からまさに本物の新興宗教に依存してしまう人も少なくありません。まともな宗教なら良いのですが、悪質な宗教に嵌ってしまうとまさにドツボです。極度の暇からネットゲームの依存にはまってしまう人も少なくないですね。他にはアルコール依存とか、ギャンブルに依存したり。心の隙間に依存症は襲いかかってきます。 そう、リタイアするという事は最大限に (もちろん、道徳的模範、法律には縛られていますが) そして、自由になるという事は、最大限にレバレッジがかかっている状態になります。幸福になるのも、不幸になるのもまさに己次第の世界です。他力本願ではなく、ほとんど完全に自分自身の意思と力で生きていくという事なのです。 何もしなければ恐ろしい程の勢いで日々は流れていきます。本当に気がついたら、TVを眺めているだけで浦島太郎のようにおじいさんになっていた!なんて事は そう、それは現実です。何もしなければ無為に日々は過ぎ去っていく。自分自身をモチベートして、物事を成す。 そうした主体的な人生を送りたい人か、もしくは完全に怠惰な人生を極めたい人、このどちらかに属さない人にはリタイアはおススメしません。 自分の適性を見極めて、正しい選択をしたいものです。
2006/7/16 理論とは、0と1に世界を真っ二つにする物である。本質を探り、白黒はっきりさせる。 実践エネルギーをその一点に集中させ、物事を成す。理論なき行動は、実践エネルギーの浪費。 左脳的な0と1を極めるデジタル思考の行きつく所は、退屈な世界。この世の正解はあらかじめ決まっていて、それを淡々と見つけ、実践するだけという作業。同じ事の繰り返し。 これを徹底して行えば、富を掴む事ができる。目標を達成できる。 理屈で正しいと分かった所に正しく投資する。社会性は、これでOKだ。クリティカルシンキングを極め、正しい理論を正しく実践すれば、金や名声は手に入るだろう。 しかし、それだけでは、人生は味気のないつまらない物になってしまう。最近ある人と話をして良い事を教えてもらった。 人生を楽しむ為には、下らない事に熱中する事。どうでも良い事に真剣に取り組む。 ![]() これは利得行為ばかりを考える左脳的な発想にはない考え方で、脳みそをガツンとされた感覚だった。結果ばかりに囚われて人生の幅を狭めていたなと感じた。 絵を描くと、世界はキラキラと輝く。これは貴方にも是非おススメしたい。 良い作品を作ろうなんて考える必要はない。カスみたいな腐ったヘタれな絵でも構わないのだ。 芸術家の局地は、あくまでも内面の探求。他人の評価など糞食らえが信条である。他者評価を第一と考えるデザイナーとは対極に位置する。 内面を追求して、好きな事を表す。その結果、世界は子供の頃のように輝きだす。右脳モードになった状態で音楽をかけると驚くような美しい音色にはっとする。 僕は、別に絵をかきたいわけじゃないけど、絵を書く事で右脳モードに切り替わり人生が輝きだす。これがいい。食事や夜の営みは感性の世界だが、それと同じだ。さらに磨きがかかりとても気分がいい。 金持ちの連中がこぞって絵を描いたりするけど、これはあながちこれは馬鹿にできない快楽なのだ。気取って描いているわけではなく、快楽の為に描く。 右脳モードに切り替えるコツは、紙と鉛筆を持ち、一本一本の描く線に注目する事。情報処理を止める。模写する被写体の写真を逆さにして書く事で、絵の抽象化・イメージ化を防ぐ。一本の線に注目する、そこには批判的な世界はない。あるがままの状態を受け入れる世界だ。 思う存分ヘタれな絵を描き、人生を楽しもう!
2006/7/13 人間の認知資源の乏しさを自覚すれば自分の打つ手が見えてくる。 物を捨てれば、認知資源を節約できる。 整理整頓をすれば、実践エネルギーのロスが無くなる。 身近な目の前の仕事を片付ければ、認知資源を節約できる。 どうでもよい事を徹底して減らす事により大事な事に集中できる。 これが捨てる事のコア 結局、投資というのは 1. 適切な場所へ 2. 労力と時間と金を投資する ということが肝要だ。 80対20の法則 を思い出し、あなたの状況を整理して考えてみよう。 重要でない80%をアウトソーシングする。もしくは捨て去る。残りの20%に注力しよう。 20%の重要な事柄に注力すれば、人生は大きく変わる。努力する事で人生は報われるとは限らない。適切な努力を適切な場所に配分する事が大事だ。
2006/7/7 将来楽をしようと日々努力に励み、有名な大学に行き、官僚になったり、医者になったり、会計士や弁護士になったりする。 そこで待ち受けるのは 周りは勤勉に勤勉を重ねて立身出世してきたような人物ばかりである。全身全霊で努力を重ねて 恐るべきスクリーニングがかかった状態の人達ばかりが集う。 周囲を見渡すに皆が皆過剰な努力をする。 俺は18時間働いた。 なんて真面目な顔で言われたりする。 周囲を比較するに、16時間しか働いていない自分自身は酷く怠け者に見えてくる。 なんて普通にいう連中が集う。 おまけにとてつもないスクリーニングがかかった周囲は優秀な人物ばかりである。 凡人の能力は100とすると、その集団の平均的能力は150あったりする。その中で120の力しか持っていないと酷く無力感に襲われ、鬱状態になったりする。精神的に参ってしまい、80の能力しか発揮できなくなると自殺物である。 努力する事は一つのリスクに過ぎない。努力とはお金と同様に投下して見返りがない場合もある、一種のリスクある投下物である。 戦略的に正しいポジションをとっていかなければ、人生は大変な目に合う事だろう。 投資も人生も似たような物だ。適切なリスクテイキング、適切な努力を目指したいものだ。
2006/7/5 今回は投機家の方には関係ない話です。 つまるところ 株の究極のメリットは 「何もしなくても良い」 という事だと思います。 投資家の近視眼的な面として、パフォーマンスばかりに拘る所があると思いますが 地道な調査をがんばって「何もしなくても良い」状態を放棄して パフォーマンスに拘るなら、株の世界はそんなに美味しくないってのが結論なんじゃないでしょうか? もちろん、「何もしなくても良い」というのは話のあやであって、必要最低限の実践エネルギーを正しい方向へ投入しなければ儲かる話ではなくなりますが・・・・・ グリーンブラッド達は0.1%でもパフォーマンスを上げる事に、 全力を注いでいます が、それはそもそも ファンド(委託金)があるから美味しいビジネスなのであって そこを無くしては、投資の世界は投入する実践コストを過剰に増やしてもあまり旨みのあるビジネスではないともいえます。 故に彼らのビジネスの本質は当然で当たり前なのですが 「ファンド」の運営にある のです。しかしそこをついつい見逃してしまうのではないでしょうか? 投下する実践コストと投資リターンの関係をちょっと考えてみれば行動が変わるんじゃないかと思います。
2006/7/1 富を掴むためには、完璧を目指さない事。これは凄く大切だ。
(富を掴む為に完璧を目指すという正反対の考え方もあるが、今回はそれはおいておく)
完璧に成し遂げる事の実践コストをよくよく考えてみると、分かるはずだ。 ほとんどの事は、何もできやしないのだ。 断っておくが、私は悲観論者ではない。 富を掴み、自己実現を果たす事はそれほど難しい事だとは思っていない。 しかし、その目的を達成する為には、小さなステップを大切にしなければならない。 大きな成功を、人は賞賛してくれる事だろう。しかし目標だけは大きな成功を目指すだけでは、何も出来ずに人生は終ってしまう。実践コストを軽んじると人生が終る。そしてそれが大半の人の人生だ。 宇宙の果てを探求すれば、人生は終る。実践エネルギーはそんなにありはしない。
小さな成功は、誰も賞賛してくれやしない。下手をすると小さな成功は馬鹿にされたりもする。失敗したらさらに馬鹿にされる事だろう。 しかし、大きな成功は積み重ねがあってこそである。ステップを踏まなければ富は達成されない。小さな成功、小さな失敗を積み重ねてこそ富は達成される。 小さな成功をしたら貴方自身で全力で褒めてあげる事だ。他人の賞賛は得られないのだから、自分で自分を褒めなければならない。 小さな成功は極めて大切だ。
全身全霊であなた自身の小さな成功を褒めてあげよう。 実践コストと実践エネルギーを考えれば小さな成功以外にできる事なんてない。たま〜に10万人に一人くらいとんでもない実践エネルギーに溢れる人が何でも成し遂げて、 「やればできる!」
という風潮になる。そういった人が世界征服をしたり、数学や物理学を極め、数多くの発明や新しい理論を生み出す。 しかし大半の人にとって、これは撹乱要因に過ぎない。これに振り回される、貴方の実践エネルギーはどれだけあるというのだろうか? 実践コストをトコトン深く考える事、そして実践しきる事は、富を掴むコアである。 夢物語や他人の話ではなく、あなた自身が現実的に、富を掴むのならば小さな成功に意識をフォーカスしなければならない。 実例を挙げる
実践コストが極めて低く富を掴む手段は
くらいだろうか。今回は極めて現実的な手段を提示した。3つ目の整理整頓で富を掴むなんて聞いたことがないかもしれない 整理整頓で金持ちになる?馬鹿げてる? これは大真面目な意見である。
乏しい実践エネルギーを大切にする戦略として整理整頓は極めて大切だ。 |