狩猟採集民が実際に一日にどれくらい働いているのか

というデータが示されたのは、オーストラリア北部のアーネムランドに住むアボリジニのものである(ここからのデータは山内1992とサーリンズ1984を参考にした)。二つの集団を調査した結果、

一つでは男性の平均が3時間50分、女性は3時間44分、もう一つの集団では男性が5時間7分、女性が5時間9分である。

ここで表した時間は狩猟採集、食事の準備、武器の手入れなど日常の生活に必要なすべての労働時間を含めたものである(日本で言えば家事も一部含んでいる)。一日7〜8時間働く日もあるようだが、二日働いて必要な食料を得ると次の日はほとんど働かないというやり方をしている。これだけの活動によって十分な食料を彼らは手に入れている(平均一日一人当たり2150カロリー、タンパク質は必要量の5倍)。





これを引用した私は明らかに偏った視点を持っている。その点を念頭に読んで頂きたい。原住民の生活を決して美化できるものではない。しかし、無駄遣いのない社会での必要な労働量を示すサンプルとして圧倒的な証拠を残している。

科学などという代物は何処にもなく、技術も低くしかしそれでも、一日に4時間〜5時間の労働で生きていけるというサンプルである。嫌々ながら血反吐を吐くほどの残業を行い、我々が馬鹿にしていた原住民の生活水準に負けて驚いた人も多いのではないだろうか?


彼らの生活水準を維持する基礎は、無駄のない社会である。我々のように一度買ってすぐに飽きて捨てたりはしない。

私たちは、買っては捨て、買っては捨てる。

誰かからお金を儲けようとお店を建てる。お客が来なくて店は潰れて、建物を潰す。また新しい店主が現れて、またお店を建てる、そして潰れる。

そこには当然賢い連中の搾取もあるだろう。

しかし、最も我々を貧しくしているのは、スクラップ&ビルドの文化。その貧しさの正体は惨たらしい太った資本家でもなく、政府でもなく、単なる「磨耗コスト」なのである。







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